みゅらーの趣ブログ

私の感じた気付きや学び

塙保己一のお話

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 気付けば涼しくなってきたので、お散歩がてら塙保己一史料館を訪問。

大学で日本史学を専攻していた私も塙保己一と聞いて思い浮かぶのは『群書類従』を書いた人・・・くらいの印象だったが、その『群書類従』の編纂がとてつもなくすごいことだった。

今回史料館を訪れることで学んだ、その凄さを多くの人に共有出来ればと思う。

塙保己一の生涯

塙保己一(1746.5.5~1821.9.12) 江戸後期の国学者

7歳で失明し、雨富須賀一に音曲・鍼医術を、萩原宗固・川島貴林・山岡浚明に歌文・神道律令を学んだ。賀茂真淵にも短期間師事。

 1779(安永8)年に『群書類従』の編纂に着手し、41年後に全670冊の刊行を完了。

1793(寛政5)年には和学講談所を設立。

 

参考文献:

塙保己一」の項(『山川日本史小辞典』山川出版社、2001年)

 

群書類従』の意義と内容

群書類従』の編纂目的として、「各地に散らばっている貴重な一巻、二巻といった書を取り集め、後の世の国学びする人のよき助けとなるように」という保己一の思いがあった。そのため、小冊に限っての網羅的な収録を目指していた。

分類は、菅原道真の『類聚国史』にならって、神祇・帝王・補任・系譜・伝・官職・律令・公事・装束・文筆・消息・和歌・連歌・物語・日記・紀行・管絃・蹴鞠・鷹・遊戯・飲食・合戦・武家・釈家・雑の25部からなる。

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 画像は「聖徳太子十七箇條憲法」。実際の版木で作られたもの(1,000円で購入可)

 

参考文献:

群書類従」の項(『山川日本史小辞典』山川出版社、2001年)

塙保己一の生涯と『群書類従』の編纂」(公益社団法人温故学会、2019年)

 

塙保己一史料館について

塙保己一史料館では、当時作られた『群書類従』の版木が全て保存されている。

一部木が朽ちて補修されているものもあるが、全ての版木が今でも使用されているとのこと。

塙保己一資料館自体も昭和2年に開館し、現在では登録有形文化財に指定されている。

 

所感

塙保己一について今まであまり知らなかったが、その人物像と『群書類従』の意義について知ることが出来た。

保己一が全国から集めた貴重な史料が全て現在に至るまで保管されているだけでも歴史学的に大きな意味を成しているが、そこからその当時に貴重とされていた史料がどういったものかを知ることが出来るため、史料の希少性を辿ることで、これからの研究に活かせることもあるのではないだろうか。

当時の史料で、流通していたものとしていないものを分析したり、どこで誰によって管理されていたかを考えるだけでも、歴史学の面白さとロマンを感じる。

拙稿ながら、このブログを通じて読んでいただいた方に、少しでも歴史に興味を持っていただければ、嬉しい限りである。

 

今回、注釈でWikipediaのリンクを付けるという学問の世界でのタブーを犯しているが、研究ではないことを加味して大目に見て欲しい。